おとうちゃん奮闘記


昨日から会津若松に仕事で来ています。
宿泊先は会津若松市の七日町なのですが、会津若松の城下町の入り口に当たるのでこの機会に会津若松市内を散策しようと思っています。

とりあえず初日という事で、
一番有名な所

という事で鶴ヶ城が見える所まで行く事に決めました。

110926
今回のルートです。

実際は遠くから鶴ヶ城が見えたら写真に収めて帰るつもりだったんですが、
途中鶴ヶ城が見えても、携帯のカメラでは解り辛いので、携帯でも解る位近づこうと思ったら、、、

間近まできてしまった
間近まできてしまった、、、

しかし、時計を見たら急いで帰らないと朝食に間に合わない時間。
せっかくここまできたら目の前まで行きたかったけど、ここは我慢。
後日改めて行こうと思います。

帰り道
福島民放の黄色いハンカチがなんか幸せな気分にさせてくれたので一枚撮っとく。
幸せの黄色いハンカチ

今日も仕事頑張るぞー!!

車ぶつけられちゃいました。
国道で走行中、前方不注意の車が進路変更してぶつけられちゃったんです。

10-0で完全に修理保証してもらいましたが、、、

当たっちゃったので、LOTO6とBIG購入しました。
こっちは当たるといいな。。。

こっちは当たって!!

4月に「sad iPod」が出て
6月に復活したと思ったら再度「Sad iPod」が出てしまい。Apple store に持って行ったらバッテリー交換できない。修理に出して本体交換になる。と言われ、費用も買った方が良い価格で言われ、その上データが消えるというのだからあきらめてました。

しかし、先日iPodのバッテリーが売っている事がわかり注文。
ダメもとで交換してみました。

バッテリーと交換工具セットとiPod

↑これが例のバッテリーです。

説明書を読んでiPodのカバーを外します。

コレが意外と外れない、、、

工具があるのになかなか外れない。
付属の工具で刃が立たない(後ほどわかったが外し方がまずかった)のでドライバーをブッサしてこじ開けてみた。
カバーが少し外れるまで30分前後格闘
いろいろ検索してコツを調べてやっと開けられた。

ここまでで30分前後orz...
酒をあおりながら、超軽装で格闘していたから、膝や指に擦り傷をつくってしまう情けなさ。。。

とりあえず開いたので、今度は丁寧にカバーを外して行く。

ドキドキの瞬間

カバーが開き、
ゆっくり中の様子を確認して行く。。。
オープン!!

青いのがHDDコレをゆっくり外し
HDD外す
HDDの下にあるバッテリーまわりを分解。

バッテリーの周囲を分解

そしてやっとバッテリー交換!
念願のバッテリー交換!!

長かった、、、暑かった、、、あちこちが痛い

ここまでくれば安心だ
でもここまでくればできたと同然。
HDDを繋げ
HDDを繋げ

カバーをつける
カバーをつければ、、、

完成!!
完成!
レスポンスが超早い!
今まで立ち上がりに1分前後かかってたのが、ほんの10秒足らずで立ち上がる!
やっぱり問題はここだったのか。

勿論バックアップはとってるけど、
iPodから出てきたデータ
きみね出産後の写真
きみね誕生の写真。

そして購入して間もない写真
購入した時期です。
2005年の「愛・地球博」に行ったときの写真。
購入して6年経つんですね。

このiPodが壊れてからiPod touchを購入しましたが、
touchは妻用でこのiPodは僕専用になりそうです。
僕はこっちの方が使いやすいし、データがたくさん入ってる。

昨日から新潟県長岡市にいます。
台風がきていますが、こちらは大きな影響が今の所ありません。
朝少し小雨が降っていましたが、雨が止んだので歩いてきました。

上越新幹線
上越新幹線が駆け抜けました。上りの一番列車です。

あと、湿度が高いからでしょうか
頑張れカタツムリ君!
カタツムリが道路横断してました。
カタツムリをちゃんと見たのはかなり久しいなぁ。
こんな発見があるのでウォーキングにハマっている今日この頃です。

出張で会津若松に来ています。
お盆頃からウォーキングを始めて、歩いた後の清々しさに感動しているこのごろです。
今朝は宿泊地の会津若松七日町を歩いてきました。

七日町駅(なぬかまちえき)
七日町駅
とても明治・大正の趣がある駅ですね。
七日町と書いてなぬかまちと読みます。山形にも七日町がありますが、本当はなぬかまち。でもNHK以外はなのかまちと発音しています。
読み方をしっかり伝えている所がとても「美」を感じます。

七日町西の交番に大きい看板が立っていました。
ならぬことはならぬものです
これは会津藩の什の掟
会津には継承が根強く浸透している。
とても心打たれました。

なぜなら、今回の3.11の大震災
とあるお偉い方が嘆いてました。津波の被害がここまで酷くなった要因の一つは継承がなされてないことだ。
国が当初つくった堤防の海側に人が住み出し、堤防の存在。危険性をしっかり伝えなかったのだと。

会津という文化を知りたいと思った朝でした。

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